アソビエイト

年齢は自分が「変化」している、一番の証拠。

 

4月が終わり、2017年も早いもので、今日から5月に突入した。

 

5月というのは私の誕生日がある月だ。

自分の誕生日を嫌いな人はそういないだろう。

自分が生まれた日だし、必ず誰かがお祝いしてくれる。

大人が言う「もう楽しみでもなんでもないよ」というのは、照れ隠しなんだろうと思っていた。

 

しかし18歳を過ぎたあたりから、誕生日に対する「楽しみ」という感情が、年々薄れていっているような気がしていた。

そしていつしか毎年口にするようになったのが、「自分が◯歳になるなんて想像もしていなかった」という言葉。

「年齢が若い」ということに固執していたから、極力歳をとりたくなかったし、いつまでも18歳のままでいたかった。

 

だがしかし、今年の誕生日からは、そんなこだわりを捨ててみようと思う。

歳をとるのは悪いことではないし、恐れることでもない。

 

以前、「日本人は年齢を気にし過ぎる」というような記事を読んだことがある。

その記事に書いてあったように、年齢なんかよりもその人の人間性とか、もっと重視すべき点があるのに、どうして日本では当たり前に年齢を聞かれるのだろう、という疑問を持った。

 

日本に住んでいる以上、出会って一番最初に年齢を聞かれるのは仕方がない。

ならばせめて、何歳になってもその質問に胸を張って答えられるようになりたい。

「もう◯歳だから若くない」「まだ◯歳だから大丈夫」などという言葉は一切禁止。

ただその年齢を楽しめればいいと思った。

その数字はただ「生きた年数」であり、自分で考えてすべきことは、何をするにも年齢を理由にはしたくはない。

 

23歳も楽しかった、24歳はどんな楽しい歳になるのだろう。

25歳は、26歳は、と、「歳をとることを楽しむ」スタイルに変えていこうと考えている。

その方が、この先もっと楽しめるはずだ。

 

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